大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2791号 判決

控訴人 桑田兵太郎 外一名

被控訴人 学校法人星美学園

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人桑田に対し、原判決添付別紙第一物件目録記載の各土地につき、昭和三二年六月一四日東京法務局調布出張所受付第七三五四号をもつてなされた所有権移転請求権仮登記に基づき本登記手続をすることを承諾せよ。被控訴人は控訴人柴山に対し、原判決添付別紙第二物件目録記載の土地につき、昭和三二年六月二〇日東京法務局調布出張所受付第七六三九号をもつてなされた所有権移転請求権仮登記に基づき本登記手続をすることを承諾せよ。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決五枚目裏五行目の「並びに」の前に「(右土地の面積は実測してきめ、一坪あたり一〇ドルの割合の金額で代金総額を計算してきめる。)(昭和三〇年末実測の結果右土地の面積は三〇六八坪四八ときまつた。)」を加え、同九行目の「昭和三九年」とあるを「昭和二九年」と改め、同七枚目裏三行目の「二〇〇万円」を「二二〇万円」と改め、同八枚目表八行目と九行目の間に「4仮に右が認められないとしても、被控訴人は、右第二の三の12に述べたところと同一の事実により、各控訴人に対し右各仮登記の抹消登記手続を求める。」を加える。

控訴代理人は、

藤川と被控訴人との本件土地建物の売買契約においては、代金完済と同時に目的物件の所有権を買主に移転して所有権移転登記手続をし、その引渡をする約束であつた。ところで、被控訴人は、昭和三〇年一二月三〇日に完済すべき売買代金の支払を完済せずに遅延し、昭和三一年四月六日になつて弁済供託をした。しかも、この弁済供託金額においては、八五、〇三二円の不足分があることに気づき、昭和三四年一〇月二一日右不足分を藤川に送付し、これが受領を拒否されると、昭和三四年一一月一〇日弁済供託した。このように被控訴人が昭和三四年一〇月二一日まで計算違により未払分の存在を知らずに代金を完済しなかつたことは、被控訴人の重大な過失である。売買によつて目的物の所有権を取得したと信ずるには代金を完済しなければならないのである。そして、藤川と被控訴人との間では、被控訴人が昭和三一年四月二〇日藤川を相手に東京地方裁判所八王子支部に本件土地の所有権移転登記手続を求める訴(同庁昭和三一年(ワ)一一七号)を提起して以来、右売買契約が有効に存続しているかが争われており、被控訴人の本件土地の使用に対し藤川は異議を述べている。

本件売買の対象となつた建物は木造セメント瓦葺平家建居宅建坪四八・五〇坪外二棟であり、これは前記第一物件目録の三〇四九番、三〇五四番の土地上に存在し、売買当時駐留軍に接収されていたため、藤川は被控訴人に引渡をしたことはない。しかるに、被控訴人は右建物の使用責任者マクドルフ少佐から藤川に無断で右建物の鍵の引渡を受けて占有するに至つた。被控訴人の代理人であつた榎本精一も昭和三一年四月一〇日付書面で本件土地建物の引渡が完了していないことを認めているのである。

以上のことから、被控訴人が昭和三一年四月六日以来善意で過失なく平隠公然に所有の意思をもつて本件土地を占有したとはいえない。

もつとも、被控訴人は昭和三一年六月頃前記第三物件目録の三〇五六番、三〇五八番の北側部分に修道院(修練所)の建設に着手し、同土地を占有するに至つたが、藤川はこれを黙認したので、これらの土地及び三〇五九番の土地については、被控訴人に引き渡されたと解されてもやむをえない。しかし、この修練所と前記本件建物をつなぐ渡り廊下をつくつた際は、これが工事の中止の申入れをしたのに、被控訴人は工事を強行した。従つて、被控訴人の前記第三物件目録記載の土地を除くその余の本件売買契約の対象たる土地すなわち、本件土地に対する占有は不法のものである。

と陳述し、

被控訴代理人は、

被控訴人が本件土地建物の売買契約によつて負担すべき代金総額は計算上一三、二四六、五二八円(うち二二〇万円は建物等の代金)となるところ、昭和三一年四月六日の二二〇万円の弁済供託によつて被控訴人は合計一三、一六一、四九六円を支払つたことになり、被控訴人は、右支払によつて売買代金総額を完済したものと信じたのであり、計算上八五、〇三二円の不足が生じたのは誤算の結果で、その誤算の数額も売買代金総額の一パーセントにみたない僅かなものである。従つて、昭和三一年四月六日の供託によつて売買代金を完済して本件土地建物の所有権を取得したと信じたのは至当で、この時点で自主占有を開始したものというべきである。然らずとしても、被控訴人は右計算違いの残代金八五、〇三二円を昭和三四年一〇月二一日書留郵便で藤川に送金し、右送金は同月二三日藤川に到達した。これにより被控訴人は同日売買代金の総額を支払いまたは少くとも弁済のため現実に提供したのである。被控訴人は本件土地を含む三〇六八坪四合八勺を一括して買い受けたのであり、被控訴人は昭和三〇年四月一日藤川から本件土地の引渡を受けて占有をはじめ、昭和三一年四月一日以降は右土地及びその地上の施設を利用して幼稚園を開設し、同年六月には右土地に接する買受土地上に修道院の建物、同三二年三月には幼稚園舎をそれぞれ新築し、本件土地を含む買受土地全部を今日まで平穏公然と占有している。

以上に述べた事実により、被控訴人は、本件土地を被控訴人が占有しはじめた昭和三〇年四月一日の翌日から満一〇年、右が認められないとしても、本件土地代金の支払を完了したと信ずるに至つた昭和三一年二月二一日の翌日から満一〇年、右が認められないとしても、本件売買の土地建物代金の全額を弁済供託した昭和三一年四月六日の翌日から満一〇年、右が認められないとしても、本件土地の所有権移転登記手続を請求して前記訴(東京地方裁判所八王子支部昭和三一年(ワ)第一一七号)を提起した昭和三一年四月二〇日の翌日から満一〇年、右が認められないとしても、残代金八五、〇三二円を支払いまたは提供した昭和三四年一〇月二三日の翌日から満一〇年を経過した日に時効の完成により取得したものである。

控訴人らが本件土地について仮登記をした日は控訴人らが主張するように昭和三二年六月一四日及び同年六月二〇日であるところ、被控訴人の本件土地の占有は右仮登記のなされた日以降も継続しているから、右仮登記のなされた日からそれぞれ満一〇年を経過した日をもつて被控訴人は本件土地を時効により取得したものであることを更に予備的に主張する。

なお、本件売買契約締結当時目的物たる建物はいずれも藤川が米国軍人に賃貸していたが、米国軍人の退去次第遂次明け渡すことが約束され、右建物のうち三〇四九番の土地上の母屋(本家)は昭和三一年四月一日被控訴人に明け渡され、その他の建物も同年七月には明け渡された。

と陳述した。

証拠〈省略〉

理由

当裁判所は、当事者双方の当審における新たな主張・立証を加味して勘案しても、控訴人らの本訴請求は理由がなく、被控訴人の反訴請求は理由があると判断するが、その理由の詳細は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の理由欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一一枚目表一一行目の冒頭に「ところで、右第一土地の売買及び第二土地の売買においては、特にその各土地の所有権の移転が将来なさるべき約旨がされたことが認められないのであるから、右各売買契約と同時に買主に所有権移転の効力を生ずると解すべきである(最高裁判所昭和三三・六・二〇第二小法廷判決、民集一二巻一〇号一五八五頁)から、」を加え、同一二枚目表七行目の「一八号証」の次に「二〇号証、」を加え、同一一行目の「各証言」の次に「、第二審の証人藤川頼彦の証言の一部(但し後記措信しない部分を除く。)」を加え、同一三枚目裏七行目の「弁済供託したこと」の次に「(その後昭和三四年一〇月二一日付をもつて被告の代理人榎本精一は右誤算による残金八五、〇三二円を藤川に対し送金したが受領を拒否されたので、昭和三四年一一月一〇日同金額を弁済供託したことは、原本の存在及び成立に争いのない甲第二三号証(乙第九号証の一は同一のもの)、成立に争いない乙第九号証の二により認めることができる。)」を加え、同一四枚目表二行目の「反証はない。」とあるを「以上の認定に反する第二審の証人藤川頼彦の一部は措信できず、その他には右認定を覆すに足りる証拠はない。」と改め、同裏二行目の「成立に争いない甲第一九号証の一、二」を「前記甲第一九号証の一、二」と改める。

二  次に、控訴人の本判決の事実欄記載の主張について判断する。先ず、被控訴人の本件土地の占有については過失があるとの主張について。被控訴人と藤川間の本件土地建物等の売買契約がされるに至つたいきさつ、契約の内容、被控訴人の代金支払の態容等は原判決一二枚目表末行目から同一三枚目裏七行目まで(前記本判決による付加を含む。)に記載のとおりである。そして、被控訴人が昭和三一年六月以降原判決添付第三物件目録記載の土地の上に修道院の建物、幼稚園舎(これらが右土地上であることは一部控訴人の認めるところであり、その他は弁論の全趣旨から明らかである。)の建築に着手し、昭和三一年四月には本件土地上の売買の目的物件たる建物の大部分の明渡を受け、本件土地の全部が修道院及び幼稚園の敷地として占有されるに至つたものであることは、原判決一三枚目裏八行目から一四枚目表二行目までに記載のとおりである。そうすれば、本件売買の目的たる土地建物の所有権は代金全額の支払がなければ被控訴人へ移転しないのであり、実測面積から計算して右土地代金の総額は一一、〇四六、五二八円、これに建物等代金二二〇万円を加えた本件売買代金は一三、二四六、五二八円であるところを、被控訴人が、右土地代金を一一、〇六一、四九六円と計算したため、本件売買代金は一三、一六一、四九六円で、この金額の支払で代金の支払は完了すると考えたことは、計算を誤つたものであることは明らかであるが、その不足分は八五、〇三二円にすぎなく(後日被控訴人はこれを弁済供託していること前記のとおり)、被控訴人は右のような計算誤いをしたものの、右金額の支払で代金全額を完済したと信じ、本件土地の所有権を取得したと信じても、前記認定の諸事情からして、無理からぬものというべく、被控訴人の本件土地の占有のはじめにおいて民法一六二条二項にいう「過失」はなかつたものというべきである。控訴代理人の右主張は理由がない。

次に、控訴代理人の、控訴人は本件土地建物を被控訴人に引渡したことなく、被控訴人の本件土地に対する占有は不法のものであるとの主張について判断する。

この点については、原判決認定のとおり、被控訴人が本件売買によつて本件土地等を買い受けた目的等からみて、昭和三一年四月六日以降控訴人から本件土地を含む売買の目的土地全体の引渡を受け、自主占有を開始したものであると判断する。なお、控訴代理人は本件売買の目的建物は売買契約当時駐留軍に接収されていたため、控訴人は被控訴人に右建物を引渡したことはないと主張するが、本件売買契約締結当時には右建物は既に接収解除され、控訴人が任意に米国軍人に賃貸していたものであることは成立に争いない乙第二五号証、第二審の証人藤川頼彦の証言によつて明らかであり、原判決認定の事実からみて、右建物も昭和三一年四月六日までには被控訴人に引き渡されたものの、建物の一部に米国軍人が居住ないし動産を保管していたため、その明渡を控訴人の責任でするよう求められていたものと推認される。この認定に反する第二審の証人藤川頼彦の証言の一部は措信できず、成立に争いない甲第二一号証も右認定に反するものではない。従つて、控訴代理人の右主張もすべて理由なく、採用できない。

三  これを要するに、被控訴人は昭和三一年四月六日以降所有の意思をもつて平穏公然に本件土地を占有したものであり、かつ右占有のはじめに右土地の所有権が自己にないことを知らず、その知らないことについては過失がなかつたものというべきである。従つて、被控訴人は以後一〇年の経過により本件土地の所有権を時効取得したものである。

取得時効の完成によつて不動産の所有権を取得した者は、その取得時効の完成より前に原所有者から所有権を取得した者に対し登記なくして所有権を対抗することができ、このことは原所有者から所有権を取得した右の者がたとえその後所有権取得登記を経由することによつて消長を来さないと解するのが相当である(最高裁判所昭和四二・七・二一第二小法廷判決、民集二一巻六号一六五三頁参照)。ところで、控訴人柴山は昭和三二年六月二〇日前記第二物件目録記載の土地の所有権を前所有者藤川頼彦より譲り受けて取得し、被控訴人は取得時効の完成によつて昭和四一年四月六日右土地の所有権を取得したものであることは、前記のとおりであるから、被控訴人は同控訴人に対し登記なくして右土地の所有権を対抗することができるものというべきである。また、控訴人桑田は加藤主計が第一土地につき藤川に対して昭和三四年四月二八日取得した買受人の地位(または買受人の権利義務)を藤川の承諾のもとに昭和四四年四月二六日譲り受けて(このような買受人の地位の譲渡は許されるものと解すべきである。最高裁判所昭和三八・九・三第三小法廷判決、民集一七巻八号八八五頁参照)右土地の所有権を取得したものであること前記のとおりであるから、加藤主計と法律上は同一の地位に立つものと解するのが相当であるところ、被控訴人は取得時効の完成によつて昭和四一年四月六日右土地の所有権を取得したものであることは、前記のとおりであるから、被控訴人は同控訴人に対し登記なくして右土地の所有権を対抗することができるものというべきである。

そうすれば、被控訴人は右対抗できる所有権に基づき控訴人らに対しその名義の各仮登記の抹消登記手続を求めることができるものというべく、また控訴人らは右仮登記に基づく本登記手続をするについての承諾を被控訴人に求めることができないものというべきである。従つて、被控訴人のその余の主張について判断するまでもなく、控訴人らの本訴請求を棄却し、被控訴人の反訴請求を認容した原判決は相当で、控訴人らの控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木重信 糟谷忠男 相良朋紀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例